胸部大動脈手術

①必要性・目的

大動脈瘤

身体の中で最も太い血管が大動脈です。動脈硬化やその他の原因(先天的に大動脈壁の脆弱、炎症、感染など)により、大動脈の径が異常に太くなった状態が大動脈瘤と呼ばれる状態です。大動脈は心臓から起始し一旦上方に向かい、鎖骨の下方で弧を描いて反転し腹部に向かいます。大動脈からは、臓器に向かって枝が次々に分岐していきます。
胸部の大動脈の正常径は3cm前後です。正常径より太くなると大動脈瘤となります。大動脈瘤の直径が5cm以上になると、破裂する危険があるといわれています。大動脈壁が破れる(破裂)と、大動脈の外側に大出血をきたしてしまいます。このように大動脈瘤が破裂すると、突然死などになり死亡率は非常に高くなります。
そこで、5~5.5cm以上の径となった胸部大動脈瘤では、症状が特別なくても、破裂を未然に防ぐ目的で大動脈瘤を切除し、人工血管に置き換える手術もしくは、大動脈瘤の内側にステントグラフトと呼ばれるバネ付きの人工血管を留置することが必要となります。
また大動脈瘤の形態によっては、大動脈瘤径が5cm未満であっても破裂の危険が高いと考えられる場合には、手術をすることが勧められます。

大動脈瘤
大動脈瘤

大動脈瘤ができる部位によって、呼び名(病名)が付けられます。

大動脈解離

大動脈は内膜、中膜、外膜の3層の膜で大動脈の壁を構成しています。その3層構造の壁の外膜と中膜の間がはがれて(解離して)空間ができ、血液の通り道が2つになった状態を大動脈解離と呼びます。大動脈解離では内膜の内側の血液の通り道を真腔、新たにできた中膜と外膜の間の血液の通り道を偽腔または解離腔と呼びます。突然大動脈の内膜に亀裂が入り中膜と外膜の間に血液が流入することで発症します。内膜の亀裂部分を解離腔への入り口としてエントリーと呼んでいます。大動脈の壁がはがれている(解離している)範囲、内膜中膜の裂け目(エントリー)がどの部位にあるかは一定していません。心臓から出て頭と腕に行く血管が分岐するまでの大動脈を上行大動脈と呼び、この上行大動脈に大動脈解離が存在する場合をスタンフォードA 型の大動脈解離といいます。スタンフォードA型大動脈解離の早期の死亡率は非常に高く、治療を何もしなかった場合には死亡率は80%程度であると言われています。死亡の原因は様々あり、解離した上行大動脈壁の外膜が破れて(破裂して)出血をおこし心臓を包んでいる膜(心嚢)の内に貯まって心臓から全身に血液を送れなくなる心タンポナーデや心筋梗塞、脳梗塞などが主な死亡理由です。
手術としては基本的には、上行大動脈およびエントリーが弓部大動脈より末梢にある場合は弓部大動脈を人工血管に置換する必要があります。

大動脈瘤

②代替可能な他の方法との比較

手術以外の治療法としては、血圧を下げる降圧剤投与を主体とした保存的治療が挙げられますが、大動脈瘤の径が自然に小さくなることはなく、年を経るに従い瘤の径は必ず増大し、破裂などによる死亡の危険は依然として残ります。
もちろん、破裂してからの緊急手術では、死亡率が極めて高くなります。

③手術の内容

拡張し瘤となった不良な大動脈切除し、人工血管に取り換えます(人工血管置換)。 取り換える範囲は、病態により異なり、手術の時の所見から判断されます。

手術の内容

上行・弓部・遠位弓部大動脈の手術では、胸の真ん中を切開し胸骨正中切開にて手術を行います。
下行大動脈の手術では肋骨と肋骨の間を切開し手術を行います。動脈瘤が腹部にまで及んでいれば、創を延長して腹部まで切開します。

大動脈と人工血管を縫合する時には、大動脈を遮断して行うこともありますが、多くの場合には、性状が良くない大動脈に遮断を行うことを避けるために、全身に送る血液を止めて縫合を行います。(循環停止)。普通の体温(36℃程度)で血流を止めると全身の組織が致命的なダメージを受けてしまいます。循環停止による全身のダメージを軽減するために、人工心肺装置に冷却装置を組み入れ、血液を冷却して体温を23-25℃程度まで下げ低体温とし臓器を冬眠させた状態で手術を行います。
特に、脳は血液不足に弱いので全身への血液は止めている時も、脳に行く血管にだけは血液を送って脳を保護します(脳分離体外循環)。
人工血管を大動脈に縫い付けて血管との吻合を終えると、全身へ血液を再び送り始めとともに体温を戻します。冷却と復温だけでもかなり長い時間がかかります.

④カテーテルによる治療(ステントグラフト留置術)

開胸手術をすることなく動脈(多くは足の付け根の動脈)にカテーテルを挿入してステントグラフト(人工血管に骨組みが入ったもの)を大動脈内に留置する治療法です。この治療法の方が手術と比較すれば死亡率も低くその点では安全といえますが、大動脈瘤の形・部位がこの手技に適した形でなくてはならず、また長期成績が明らかでないため、侵襲の大きい人工血管置換術の危険性が大きい高齢の方、心臓や肺、脳などの合併症を持つ方々に行っています。
この方法は、体への負担が少ないことが最大の利点です。ただ、動脈瘤の位置(胸部大動脈には脳に向かう分枝があります)により、この方法だけでは困難な場合には、頭やくびの血管にバイパスを行ったり、人工血管置換術と組み合わせたりする方法(ハイブリッド手術)で対応します。

カテーテルによる治療(ステントグラフト留置術)
【59歳 男性】突出する弓部大動脈嚢状瘤
【59歳 男性】突出する弓部大動脈嚢状瘤
左鎖骨下動脈開窓 胸部ステントグラフト留置
左鎖骨下動脈開窓 胸部ステントグラフト留置
【79歳 男性】突出する弓部大動脈嚢状瘤
【79歳 男性】突出する弓部大動脈嚢状瘤
頸部動脈バイパス+胸部ステントグラフト留置
頸部動脈バイパス+胸部ステントグラフト留置
【80歳 男性】突出する弓部大動脈紡錘状瘤
【80歳 男性】突出する弓部大動脈紡錘状瘤
左総頸動脈開窓 胸部ステントグラフト留置
左総頸動脈開窓 胸部ステントグラフト留置
【85歳 女性】突出する弓部大動脈瘤
【85歳 女性】突出する弓部大動脈瘤
頸部動脈デブランチ+胸部ステントグラフト留置
頸部動脈デブランチ+胸部ステントグラフト留置
【80歳 男性】突出する弓部大動脈瘤
【80歳 男性】突出する弓部大動脈瘤
Najuta(ナユタ)胸部ステントグラフト留置
Najuta(ナユタ)胸部ステントグラフト留置
【61歳 男性】広範な弓部下行く大動脈瘤
【61歳 男性】広範な弓部下行く大動脈瘤
第1期手術:上行弓部大動脈人工血管置換
第1期手術:上行弓部大動脈人工血管置換
第2期手術:下行大動脈ステントグラフト留置
第2期手術:下行大動脈ステントグラフト留置

◇ステントグラフト内挿術<低侵襲大動脈瘤手術>とは

近年では、大動脈瘤の新しい低侵襲治療法として「ステントグラフト内挿術」が2006年より日本において薬事承認されてから積極的に行われるようになり注目されています。腹部へのステントグラフト内挿術をEVAR(endovascular aortic repair:イーバー)、胸部へのステントグラフト内挿術をTEVAR(thoracic endovascular aortic repair:ティーバー)といい、当施設でも2009年より開始し、現在までにEVAR 560件以上、TEVAR 240件以上を施行してきており、年々手術件数は増えてきております。

手術の内容

これらの手技は開腹あるいは開胸することなく、足の付け根に数センチの皮膚切開を行い、足の付け根の動脈を露出させることで手術を行うことが可能です。ステントグラフトは人工血管に金属の骨組み(ステント)を取り付けたもので、カテーテルという筒の中に収納されています。これを大動脈内に挿入し大動脈瘤の前後あるいは大動脈解離の原因部位をカバーするように大動脈内に展開します。展開されたステントグラフトは、動脈瘤前後の血管の内側にステントの自己拡張力で張り付きます。これにより動脈瘤に触れるはずだった血液がステントグラフト内を通ることとなり、動脈瘤に直接的に血液が触れなくなることで血圧(正常血圧でもすごい血管ストレスがある)が動脈瘤の壁に直接かからなくなり動脈瘤の拡大予防(=破裂予防)となります。治療により動脈瘤が縮小あるいは大きさの変化がなければ動脈瘤の破裂予防を得られたこととなります。この手術の最大の目標は、ステントグラフトと動脈の隙間から動脈瘤内に血流が入らないようにして動脈瘤の壁に直接血液を触れないようにすることとなります(動脈瘤には小枝が無数にあり、この部分から血液が逆流する場合は経過観察することがほとんどです)。

ステントグラフト内挿術の流れ

手術の内容

ステントグラフト内挿術の流れ

手術の内容

ステントグラフト内挿術の流れ

手術の内容

ステントグラフト内挿入術の利点:

① 従来の手術と比較して傷が小さく疼痛が少ない
② 手術時間も短時間のため身体的な侵襲が少ないことから社会復帰を早期に得られる
これらの利点から高齢者にとって適した治療法の一つであると言えます。また、高齢者だけではなく侵襲の大きい人工血管置換術の危険性が大きい方、心臓や肺、脳などの合併症を持ち、従来の手術が不安な方にとっても適した治療でもあります。

ステントグラフト内挿術の流れ

手術の内容

ステントグラフト内挿術で知っておくべきこと:

すべての症例に対して治療適応となるわけではなく、症例によっては疾患範囲や血管の形(曲がりすぎている)・性状(血管内プラークが多い、血管が太すぎる)などから適応が困難な場合もあるため、術前の検査(CT、MRI検査など)から十分な評価とともに治療方針の検討が必要となります。
② ステントグラフト内挿術により動脈瘤の中に血液が流れなくなっていたものが、再度血液が流れることをエンドリーク(漏れ)と言います。エンドリークが起こることで、瘤の再拡大を来し破裂の危険性がでてくることがあります。このエンドリークの原因は、A) ステントグラフトがずれる、B) 血管の性状が悪く(高度屈曲、石灰化など)ステントグラフトが圧着していない、C) ステントグラフトに穴があく(損傷、D) 動脈瘤にある小さな枝から動脈瘤内に血液が逆流する、E) ステントグラフトからの血液の浸み出しなどがあります。D,Eではまず経過をみることとなりますが、A,B,Cに対しては動脈瘤の再拡大のリスクが高いため追加手術が必要になります。追加手術はカテーテルを第一選択としますが、開腹・開胸手術を行うこともあります。
③ 新しい治療法であるため長期成績はまだ確立していない部分もありますが、従来の治療と同等あるいは同等以上の治療成績の報告、また長期の治療成績の報告も徐々にされてきており、デバイスの進歩とともに今後の発展が期待されています。

ステントグラフト内挿術術後のメンテナンスの必要性について:

エンドリークによる動脈瘤の再拡大や、ステントグラフトの不都合(閉塞、破損など)が時間の経過とともに出現することがあるため定期的にCT検査が必要となります。基本的には、術後の入院中、3か月、6か月、12か月、以降は1年に1回の検査を行います。問題があるようであれば造影検査を追加することや、造影検査が腎機能などで困難な症例などでは超音波検査を併用して行うこともあります。

◇ステントグラフト内挿入術の手術方法

腹部大動脈瘤へのステントグラフト内挿入術(EVAR:イーバー)

1. 手術は全身麻酔あるいは鎮静麻酔+局所麻酔で行います。
2. 左右の足の付け根に4~5cm程度の皮膚切開を行い、足の付け根の動脈(大腿動脈)を露出します。ここからX線透視下でカテーテル、ワイヤーを挿入し筒の中に内挿しているステントグラフトを大動脈内に挿入します。
3. ステントグラフトは3~4つのパーツに分かれており、これらを順番に左右の足の付け根から血管内に挿入していき留置予定している部位より逆Y字になるように接続していきます。瘤の形によって動脈瘤の中に血液が逆流する可能性がある血管がある場合は、ステントグラフトを挿入する前にコイルやプラグで血管塞栓術を行うこともあります。
4. バルーン(圧をかけることで拡張する風船)でステントグラフトの接続部、また大動脈とも圧着させることで動脈瘤の中に血流が入らないようにします。
5. 血管造影を行い、予定通りの形になっているか、問題となるようなエンドリーク(漏れ)がないかを確認します。
6. 左右の足の付け根の傷を縫合して手術終了します。

手術時間は2~3時間(手術方式で前後はあります)で、当日あるいは翌日には歩行や食事が可能です。傷が小さく、痛みも従来の開腹手術と比較して少ないことから早期のリハビリ・離床が可能となります(高齢者の早期社会復帰にとって利点)。状態によって違いはありますが、術後7~10日ほどで退院可能となります。

EVAR手術の流れ

手術の内容 手術の内容

胸部大動脈瘤へのステントグラフト内挿入術(TEVAR:ティーバー)

胸部大動脈瘤の治療範囲は多岐にわたるため、様々な手術方法があります。頚部血管に治療範囲が及んでいる場合、頚部血管の再建あるいは塞栓術が必要となります。

1. 手術は全身麻酔あるいは鎮静麻酔+局所麻酔で行います。頚部血管の再建の場合は、全身麻酔。
2. 左右のどちらかの足の付け根に4~5cm程度の皮膚切開を行い、足の付け根の動脈(大腿動脈)を露出します。ここからX線透視下でカテーテル、ワイヤーを挿入し筒の中に内挿しているステントグラフトを大動脈内に挿入します。左右上肢よりシース(カテーテルなどを通すための管)留置、カテーテルを挿入して、造影剤を注入し手術のサポートするためのものとします。バイパスの場合、頚部切開を加えて、頚部血管(右鎖骨下動脈、右総頚動脈、左総頚動脈、左鎖骨下動脈)を人工血管使用してバイパス術を行います。この場合のバイパスデザインは動脈への治療に対するステントグラフト留置範囲によって決めていきます。
3. ステントグラフトは1~2つのパーツを使用し、これらを血管内に挿入していき留置予定している部位に留置します。
4. バルーン(圧をかけることで拡張する風船)でステントグラフトの接続部、また大動脈とも圧着させることで動脈瘤の中に血流が入らないようにします。
5. 血管造影を行い、予定通りの形になっているか、問題となるようなエンドリーク(漏れ)がないかを確認します。
6. シースを抜去し圧迫止血を行い、傷を縫合して手術終了します。

手術時間は2~5時間(手術方式で前後はあります)で、翌日には歩行や食事が可能です。傷が小さく、痛みも従来の開胸手術と比較して少ないことから早期のリハビリ・離床が可能となります(高齢者の早期社会復帰にとって利点)。状態によって違いはありますが、術後7~10日ほどで退院可能となります。

TEVAR手術の流れ

手術の内容 手術の内容 手術の内容

ステントグラフト内挿入術の利点:

① 従来の手術と比較して傷が小さく疼痛が少ない
② 手術時間も短時間のため身体的な侵襲が少ないことから社会復帰を早期に得られる
これらの利点から高齢者にとって適した治療法の一つであると言えます。また、高齢者だけではなく侵襲の大きい人工血管置換術の危険性が大きい方、心臓や肺、脳などの合併症を持ち、従来の手術が不安な方にとっても適した治療でもあります。

ステントグラフト内挿術の流れ

手術の内容

ステントグラフト内挿術で知っておくべきこと:

すべての症例に対して治療適応となるわけではなく、症例によっては疾患範囲や血管の形(曲がりすぎている)・性状(血管内プラークが多い、血管が太すぎる)などから適応が困難な場合もあるため、術前の検査(CT、MRI検査など)から十分な評価とともに治療方針の検討が必要となります。
② ステントグラフト内挿術により動脈瘤の中に血液が流れなくなっていたものが、再度血液が流れることをエンドリーク(漏れ)と言います。エンドリークが起こることで、瘤の再拡大を来し破裂の危険性がでてくることがあります。このエンドリークの原因は、A) ステントグラフトがずれる、B) 血管の性状が悪く(高度屈曲、石灰化など)ステントグラフトが圧着していない、C) ステントグラフトに穴があく(損傷、D) 動脈瘤にある小さな枝から動脈瘤内に血液が逆流する、E) ステントグラフトからの血液の浸み出しなどがあります。D,Eではまず経過をみることとなりますが、A,B,Cに対しては動脈瘤の再拡大のリスクが高いため追加手術が必要になります。追加手術はカテーテルを第一選択としますが、開腹・開胸手術を行うこともあります。
③ 新しい治療法であるため長期成績はまだ確立していない部分もありますが、従来の治療と同等あるいは同等以上の治療成績の報告、また長期の治療成績の報告も徐々にされてきており、デバイスの進歩とともに今後の発展が期待されています。

ステントグラフト内挿術術後のメンテナンスの必要性について:

エンドリークによる動脈瘤の再拡大や、ステントグラフトの不都合(閉塞、破損など)が時間の経過とともに出現することがあるため定期的にCT検査が必要となります。基本的には、術後の入院中、3か月、6か月、12か月、以降は1年に1回の検査を行います。問題があるようであれば造影検査を追加することや、造影検査が腎機能などで困難な症例などでは超音波検査を併用して行うこともあります。